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ファイティングスピリッツ

芸能界歴十年以上の元音楽プロデューサーが日々の真実を独特の視点で斜めに斬るブログ。


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交易、市、そして国家は共同体の境界に発生する。


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網野善彦氏の著書「列島の歴史を語る」より交易、市、国家を同列で扱った記載があった。日本の市場の原点を探る上で参考になるのではないかと思い、掲載したい。

「交易・市と国家」
土器製塩は縄文のある時期から弥生にかけて行われた。この時期には確実に塩はかなり広い範囲にわたって交易されている。

いままでは交易と言うと「農民」という考え方が元にある。弥生時代以降農業から商工業者が分離した。あるいは農業以外の生業が分離したというようにあくまで農業が元にある。しかし私がいままで調べてきた中世の商人、ある程度交易をしている人は、いわゆる純農民から現れたのは非常に少ない。漁労民、あるいは山の民のような集団から出た商工民が圧倒的であって、主に漁労をしていた人、あるいは山で生活していた人から商人の集団は出てくるように思う。

交換は当初は塩を主として生産する集団と農作物、米を生産する集団との間やあるいは異質な生業の人々の間で始まってくる。塩の交換が一番早い。やがて鉄が広く交易されるようになる。そう考えると市というのはかなり古くからあったと考えなくてはならない。国家成立以前から市はあった。市の立つ場所はおそらく国家成立以前から河原とか中州とか浜のようなところであったろうと思われる。

石母田正さんが「日本の古代国家」のなかでたいへん大切な指摘をなされている。それは国家機関の組織的なものはまず(共同体の)境界領域に現れ、市ないしは交易に関連して登場してくるというものである。
魏志」「倭人伝」のなかに「国々市アリ、大倭ヲモツテ監セシム」という有名な言葉がある。大倭というとどういう存在かといろんな議論があるが首長とみるか、邪馬台国から派遣された人と見るかは別にして、市に関しての何らかの機関ないし存在であることは間違いない。
それから交易は、列島外との交易について境界領域に一大卒という国家機関を置いているということを指摘している。
この問題は天皇の問題とも関わりをもっている。贄の問題もこのあたりと関係してくるかもしれない。市、交易が国家によって新しく作られたものではないことは当然である。共同体から自発的に生まれてきた市が、(共同体の)境界領域につくられ、境界領域に国家機関がまず姿を現すということは重要な問題である。それを国家機関が取り込んでいく過程を今後考えていく必要があると思っている。


網野さんの指摘は以下にまとめられる。
1)市の出現は国家以前であること。
2)市は共同体の境界領域に発生する課題に寄与、寄生している事。
3)国家もまた市と同じような関係で境界領域に登場しやがて市を取り込んでいく事。
4)市は国家の主生産業である農からは発生していない事。

そう考えると、共同体と共同体の狭間に存在したのが商人であり、商人は共同体からはみ出したと言う見方もできるが、社会的には複数の共同体を繋いできた潤滑油や接着剤の役割をしていた可能性もある。
そういう意味では、人の役に立つ以前に”繋げる”という部分に長けた商いが最も社会的貢献を果たし、結果として利益を生み出しているとも言える。
「社会を有機的に繋げる」=その役割は共同体が失われた現代でもなお、私たち企業人に通じる社会的役割ではないか。
社会の浄化は国家には任せられないが、企業には可能性がある。そういう部分が勝っていけば世の企業が果たせる役割も見えてくるように思う。

 

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