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ファイティングスピリッツ

芸能界歴十年以上の元音楽プロデューサーが日々の真実を独特の視点で斜めに斬るブログ。


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帝国を欲し、捏造したローマ教会、キリスト教権威を必要としたゲルマン王


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中世ヨーロッパ社会では『教皇は太陽、皇帝は月』と言われていた。
ゲルマン王はキリスト教の権威をまとうことがどうしても必要だった。そしてローマ教皇も権威付けのために“帝国”を必要としていた。
蛮族の王に戴冠させて、神聖ローマ皇帝と名乗らせた。

偽書まで作って騙し、権威を捏造したローマ教会。・・・西洋のあくなき支配欲と拡大欲を感じる。
しかし、その後金貸しにより、その強欲さに付け込まれ利用されることになる。

ところで我々にとって理解しにくいのが、このローマ帝国キリスト教会の関係である。それまでローマ帝国によって迫害されてきたキリスト教は、4世紀にローマ皇帝コンスタンティヌス帝によって公認され、ついには国教の地位にまで登りつめた。この時からローマ帝国キリスト教会は一枚のコインの裏と表の関係になり、切っても切れない関係になる。

ところがローマ帝国が東西に分裂したことから事態は複雑になる。さらに西ローマ帝国が滅亡したあとも、ローマ教会だけは生き残ったことが、その後のローマ教会と東ローマ帝国との関係をさらに複雑にさせる。なぜなら東ローマ帝国の首都のコンスタンティノープルにはコンスタンティノープル教会があり、東ローマ皇帝は遠く離れたローマ教会より、近くにあるコンスタンティノープル教会を重視し始めたからである。

このことはローマ教会にとっては死活問題であり、もし東ローマ皇帝がローマ教会を保護せず、お膝元のコンスタンティノープル教会による帝国内の宗教政策を重視したら、ローマ教会はお払い箱になる危険性が出てきたのである。
このことがローマ教会が政治的な保護者を東ローマ皇帝とは別に求める最大の理由になる。

そこに現れたのが異教徒のゲルマン人である。
(中略)
このゲルマン人の国をフランク王国というが(現在のフランスの名前の由来)、この国が本当に国としての体裁を整えていたのかは疑問であって、王は首都をもたず、常に地方を巡回しその先々で税金を徴収することによって、かろうじて地方を支配することができたというから、それはまだ部族国家のレベルを抜け出せない状態だったのだと思われる。

フランク王国はまだ国をつくる段階だったのだろう。古来から国の発生には神様が必要になる。それは古代メソポタミアの時代から一貫してみられる国家発生のルールである。それは王権強化のために神が必要とされるということである。王権が宗教的権威を身にまとうことは、多くの国で見られる。
ゲルマン人の王はそれをローマ教会に求めた。
(中略)

ローマ教皇は自分たちのライバルである東ローマ皇帝に匹敵するだけの国家を必要としていた。
ゲルマン人の王が単に国王としての権威を求めたのに対し、ローマ教会が求めたのは単なる国家ではなく、東ローマ帝国に対抗しうるだけの帝国であった。

帝国という概念は国家を越えたものである。帝国の概念は複数の民族を包含し、複数の国家を統合するものである。それは地方を治めるものではなく、世界を治める理念である。
一神教であるキリスト教の理念には、世界中をキリスト教徒で埋め尽くすという欲望がある。
彼らはキリスト教徒以外を人間として認めない。ヨーロッパ社会に近代にいたるまで根強く奴隷制社会が残るのはキリスト教の持つそのような人間観のためである。

ローマ教皇は東ローマ皇帝の権威に対抗しうるだけの強力な帝国を欲した。
その形が800年のカール大帝の戴冠である。ローマ教皇はフランク王カールに戴冠させる(冠を授ける)ことにより、西ローマ皇帝を復活させたのである。
これまでの歴史では、部族国家が宗教的権威を借りることにより国家システムを作ることが行われてきたが、800年のカールの戴冠によって、ローマ教会という宗教システム自身が帝国システムを創りだしたのである。このような宗教システムの動きは史上初めてのことである。
このことが当時いかに異常なことであったかは、ローマ教会が『コンスタンティヌスの定め』という偽書まで準備してカールの戴冠を正当化したことである。その『コンスタンティヌスの定め』とは4世紀のローマ皇帝コンスタンティヌスが、ローマ教会に対して、皇帝を任命する権限を与えていたとする文書である。もちろん偽書であるが、その偽書が当時はまことしやかに信じられていた。
800年のカールの戴冠とは、そういう偽書に支えられた一種の虚構である。

(中略)

このローマ教会という宗教システムはこのあとも常に国家という枠組みを突き破ろうとしていく。

このあとカール大帝ローマ帝国は、ローマ教会がローマ皇帝をしのぐ力をもつようになる。『皇帝は月、教皇は太陽』という言葉はそのことを示している。
そして皇帝はカール大帝ローマ帝国の枠組みを越えて、イェルサレムに向けて十字軍の征服活動に乗り出していく。これが成功したか、そうでないかは、ここではさして重要ではない。重要なのはローマ教皇によって成立したキリスト教帝国が常に外部への膨張願望を持っているという点である。
これはその後は、近代における植民地の拡大や大英帝国の拡大、帝国主義の成立へとつながっていく。それはヨーロッパの歴史において繰り返し現れる。

ローマ教会というシステムは単に国家を創ることを目指してはいない。国家とは無関係にシステムの拡大を目指している。

このシステムの拡大ということがのちに西洋システムの拡大につながっていく。