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ファイティングスピリッツ

芸能界歴十年以上の元音楽プロデューサーが日々の真実を独特の視点で斜めに斬るブログ。


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次代の農業のあり方は「先人が培ってきたもの」や自然の摂理に答えがある


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今後訪れるであろう、経済破局→輸入ストップ⇒自給自足を想定した場合、どんな作物をどのように育て食べていくのが良いのか、その追求が必要になる。
それらを追求していく中で、見えてきたものがある。

それは、自然界においてある植物単体で独立して自生している状態などなく、常に他の動植物と共生している。そして、生物のあり方としては、それが一番自然な(言い換えれば、外圧に適応するのに一番適した)状態なのだろう、ということ。

翻って現在、農業では単作が主流であるが、これは市場で稼ぐために必要な形態である。品種を絞って特化することで、1つの農家単独でも、生産性や質の向上が見込める。
逆に多品種を育てようとしても、技術や管理が追いつかず、なかなか生産性や質が向上しないことが多い。
また市場で稼ぐためにF1種(1世代限りの高生産性種子)を用いて、化学肥料を大量に使い、発生する虫を農薬によって抑えている。その農薬は表立って見える虫だけではなく、土中の微生物までも殺し、それはすなわち土をも殺す。
これは、種子が1世代限りというだけでなく、この農法そのものが1世代限りで持続性が無いことを意味している。
(連作障害という問題も、このように市場で稼ぐことを目的として、自然の摂理から大きく逸脱した農法を行うからこそ出てくる。自然界において、連作障害はごく一部の植物を除いて存在しない)

冒頭でも述べた経済破局→輸入ストップ⇒自給自足を想定した場合、求められる農業のあり方は、旧来の「市場で稼ぐためのもの」から「集団を維持するためのもの」になるだろう。
集団を何世代にも亘って維持していくためには、食糧も何世代にも亘って維持されることが必要である。
そこでは集団の成員が食べる以上の収量増加ではなく、自然災害等の外圧に適応し、持続的な自給を可能にすることが求められる。

例えば江戸時代に実際に行われてきた農法としては以下のようなものがある。

また畑作は、水が気象災害の緩衝となる水稲作とは違って、霜害・風蝕害・雨害・旱害・多湿害といった異常気象の被害を直接受けやすい。雑草の種類や病虫害・鳥獣外も水田以上に大きかった。
それゆえ、一つ一つの畑作物ごとに耕起・播種・肥培管理・中耕・補植・除草・収穫などの周密な農法が求められた。
さらに重要なのは、連作障害を避けつつ、一つの畑で多種多様な作物栽培を持続するための工夫である。

水田では二毛作や二年三毛作が広まったが、それ以上に、畑では多毛作や輪作が多様に展開した。
輪作の典型例として、一年一作で大豆→蕎麦→稗、一年二作で大豆・小麦→稗・小麦、二年三作で稗→大麦→大豆、二年四作で麻→かぶ→大麦→大根などが挙げられる。

こうした畑作物の組み合わせと輪作体系は、百章の長年の経験と観察から、各地で地域色豊かに編み出されていった。百姓は、個々の作物にもっともふさわしい圃場を選び、忌地と好地の相互関係を見極め、労働力を効果的に配分しうる作付体系を考案していった。


いかにして「外圧に適応し持続的な自給」を可能にするのか。
その答えは、先人が培ってきたもの(知恵・技術・経験)や、その背景にある自然の摂理にこそあるのだろう。